剣舞の有名な作品を一つ挙げると、「不識庵機山(ふしきあんきざん)を撃つの図に題す」があります。
これは江戸時代後期の武士で漢詩家の頼山陽(らいさんよう)が、戦国時代の上杉謙信と武田信玄のライバル関係を、上杉謙信の目線で詠んだ漢詩で、「川中島」の通称でよく知られています。
このように、事前に川中島の合戦に関して情報を仕入れたり、漢詩の意味を調べておけば、舞台で何が行われているか、理解しやすくなりま す。ここでは、剣舞の舞台をより楽しむためのポイントを紹介しましょう。
1.戦いの表現としての刀法
戦う場面では、斬り付けの連続技が用いられます。実際の戦でいつも刀が使われたわけではありませんが、刀を武士の象徴として用います。そ の際、刀の抜き方や納め方、斬り方など、刀の使術に関する考え方の多くは、居合術がベースになっています。これは、剣舞が武道を元に発展 した芸能であるためです。ただ、舞台芸能としての見栄えを重視し、同じ名前がついている型であっても、その所作のあり方が武道と異なること もあります。武道に慣れた方であれば、その違いを発見するのも面白みといえるでしょう。2.人物の内面描写や、刀や扇の礼法所作
刀を使った振り付けは、斬る型だけではなく、例えば戦の前に刀の手入れをしたり、刀を前に掲げて気持ちの高まりを表すなどの表現もあり ます。また、座って刀を自分の右脇に、扇を自分の前に置き、主君に対してお辞儀をするなど、実際の扇や刀の礼法所作を振り付けとして見せ ます。3.「見立て」による風俗表現
刀や扇を何か他の事物として表すことを「見立て」といいます。刀であれば、杖、弓、銃など、扇であれば、草木、雨風、山、波、酒、扉、兜、 鎧、血しぶき、弓、杖など、情景や心情を幅広く表現することができます。たまに扇に代わって実物の旗や盃、杖に持ち替えたりもしますが、基 本的には全て扇や刀で置き換えることが可能です。■流派による表現の違いも見どころ
ところで、同じ物を表すにも、流派によってどこまで写実的に表すか、どこまでデフォルメするのか、あるいはどの部分を扇子で表し、どの部 分を反対の手や仕草で表すかなど、考え方の違いで、見立ての型が変わってきます。一つの例として、「弓矢の見立て」について、二つの流派 の所作を紹介しましょう。
正賀流の弓の見立ては、左手で扇を縦に構え、右手はこぶしで弓を引きます。そして右腕を垂直に上げることで矢を放ちます。一方、小天真道流の弓の見立ては、左手で扇を縦に構えるのは同じですが、左手は四指を揃えて矢を引きます。そして右腕を斜め上に上げて矢を放ちます。この時に左手は手首を内に返して、扇を寝かせます。正賀流の所作よりも、より写実的な表現といえるでしょう。
しかし、背筋を真っ直ぐ伸ばし、肘をしっかり張り、指先まで整え、目線の高さを安定させることなどはどちらの流派も共通しており、同じ剣舞というフィールドにおいてそれぞれの流儀が形づくられてきたことが伺えます。なお、これらの所作は決して固定されたものではなく、作品によって変わることがあります。
このように、流派による違いを発見することも、舞台を観る楽しみの一つです。